そう考えれば、こんないい出逢いを演出してくれた私の「運命」というものに、心から感謝したい気持ちになるのである(ちなみに、結婚してからは洗濯機を買ったため、I江に洗濯で苦労をかけることは、そんなになかったと思う)。
今年で私の会社もめでたく創業50周年という記念の年を迎えたのだが、実際には、その半分の25年間は、私かひとりで商売していたのだった(正確に言えば、結婚してからは、さまざまなところで妻のI江が手伝ってくれていたから、2人でやっていた、と言えるのかもしれないが)。
そうした状態が続いていたのが、やがて人を採用して商売するようになったのは、独立してちょうど四半世紀後の昭和46年、その前年には大阪で万博が開催されるなど、わが国もすっかり先進国の仲間入りをした頃だった。
人の生活も、終戦直後とは比べものにならないくらい豊かになって、みんなが「中流」の意識を持ちはじめていた時代である。
そんな時代に、どうしてわざわざ社員を採用するようになったかということだが、別に経済成長にともなって人手が足りなくなったからというわけではない。
実を言うと、それまでは想定していなかったような思いがけない「事件」に遭遇したからだったのである。
当時のある日のことである。
親しくさせていただいている顧客の若い先生から、買ったばかりだという機器の設置を頼まれたのである。
その先生のお父さんも歯科医で、私はお父さんからも大そう目をかけていただいていたのだった。
そのお父さん先生には、たとえば、修理にお伺いすると、夜になれば夕飯をご馳走になり、お風呂に入れてくださることもしばしばだった。
いわば家族同然のお付き合いをさせていただいている方だったので、当然、その息子さんとも、彼がまだ子供だった頃から親しかったのである。
その息子さんが、歯科大学を出て歯科医になったあと、代診として勤めていた医院で、石膏を削るモデルトリMという機械を、私の店とは別の歯科商店から買われたのである。
当時の私は、どんな機械であっても値引きせず、すべて定価で販売していた。
その分、故障しにくいように設置することはもちろん、万一、故障することでもあれば、私か責任をもって無料で修理させていただいていたからである。
つまり、最初の売り値の中には、私の設置料や修理代金も含まれていたのだった。
それなのに、その若先生は、機械は安売りの店で買い、設置は私に任せるというのである。
法律事務所 求人は限られた文字数の中で、法律事務所 求人の伝えたいことを的確に表現するための重要なポイントについて、考えてみましょう。
